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そらまめ幼児園の

4つの柱

園庭で遊びこむ園児

【 遊び 】

『なにしよう?』を、
気がすむまで、たっぷりと。

積み木の重み、花札を弾く指先、クレヨンや粘土の匂いやおままごとで遊ぶにぎやかな声。何で遊ぶか自分で決め、仲間を誘い、納得するまでやりきる。私たちは、この「自分で選んだ時間」にこそ、生きる力の根っこが宿ると信じています。効率よく学ぶことよりも、心が動くほうへ夢中で突き進む。その没頭している横顔こそが、何よりの成長の証だと思うのです。

【 自然 】

どろんこのなかに、
たからものは、かくれている。

筑前町の空の下、毎日のあぜ道散歩も、泥だらけの田植えも、すべてがつながっていると信じています。タケノコを掘り当てた時の土の匂いや、肌に伝わる泥のぬくもり。そんな、教科書には載っていない「驚き」を五感で拾い集めてほしいのです。実際に触れて、転がって、見つける。その確かな手応えが、子どもの感性を一番深く耕してくれます。

どろんこになって遊ぶ園児
春、筍掘りをする園児たち

【 食育 】

からだは、みんなの
『てしごと』でできている。

食べることは、誰かの「手」を知ることだと信じています。自分たちで育てた野菜、おばちゃんたちと仕込む味噌、目の前で魔法のように仕上げられるパティシエのケーキ。誰かが手間ひまかけて作ってくれた温もりが、そのまま子どもの血となり肉となる。理屈ではなく「おいしい!」と笑い合う実感が、命を大切にする心へと育っていくはずです。

【 地域との交流 】

街ぜんぶが、
ぼくらの教室。

この街の人々に愛される経験が、自分を信じる力になると信じています。近所のおばちゃんや、街のプロフェッショナルたちの背中。多様な大人たちと混ざり合う事で社会を知り、「ここにいていいんだ」という安心感に包まれること。筑前町という場所で見守られながら、おじちゃんやおばちゃん、お兄さんやお姉さんみたいに「自分らしく」育つ。この街ぜんぶを教室にして過ごす日々が、社会へ踏み出す強い土台になります。

地域の方と交流する園児たち

目指す子ども像​

根っこが育てば、枝葉はあとからついてくる。

あせらなくて、いいんです。

子育てをしていると、つい「目に見えるところ」ばかり気になりますよね。

テストの点数とか、IQとか。

それは、樹でいえば「枝葉」のようなもの。

たしかに立派なほうがいいけれど、もっと大事なのは、地中に隠れている「根っこ」だと思うんです。

あきらめない心。ワクワクを見つける目。だれかの痛みに気づく優しさ。色々な事を楽しめる気持ち。それぞれの心の中にある根っこ。

私たちはこれらを「一生ものの根っこ(非認知能力)」だと考えています。

目には見えないけれど、この根っこが強ければ、子どもたちはいつか自分の力で、

知識や技術という枝葉をどこまでも自由に広げていけます。

だから、まずは、のんびりと。

お子さんの「いま」を、いっしょに面白がりながら。

そらまめ幼児園が、大事に育てていきたい「子ども達」のお話です。

そらまめのクラス

ほし組(3歳)

つき組(4歳)

たいよう組(5歳)

© soramame_yojien

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